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建築家コラム 第53回ゲスト 「山雄 和真」 2026年06月01日 一覧へ戻る
令和8年6月の建築家コラムをお届けします
少しずつ蒸し暑くなってきましたが、皆さまにおかれましては体調を崩されないようお気を付けください。
さて、53回目のゲストは「山雄 和真(ヤマオ カズマ)」さんです。

山雄さんは、CAt(C+A tokyo)を経て、東京とドバイを拠点に活動するwaiwai のパートナーとしてご活躍されています。waiwaiでは、建築・都市・ランドスケープの領域で、国際的な文化施設から地域のプロジェクトまで、スケールを問わず幅広く取り組まれていらっしゃいます。

今回、山雄さんからどんな「床」にまつわるお話が聞けるのかとても楽しみです。
それでは山雄さんのコラムをお楽しみください。

waiwai
https://waiwaidesign.com/
 ■建築家コラム 第53回ゲスト 「山雄 和真」 拡大写真 

山雄和真(建築家、waiwai共同創業者/パートナー、東京事務所代表)

1978年京都府出身。2001年京都大学卒業、卒業設計最優秀賞。2004年東京大学大学院修士課程修了。

同年よりCAt(C+A tokyo)所属、2008年より同シニアアソシエイト。
CAtでの主な担当作品に、「宇土市立宇土小学校」(村野藤吾賞、日本建築学会作品選奨、九州建築賞、AACA賞)、「University of Central Asia, Naryn Campus Library」等。

2013年、ギングリッチ一級建築士事務所設立、同代表。 2018年より、ドバイのibda designと共にwaiwaiとして改組。同ファウンディング・パートナー、東京事務所代表。

日本と中東を拠点に、アジア各国で個人住宅から大規模開発まで、様々なプロジェクトを手掛ける。






建築における床の意味と意匠


waiwaiの床
「床」を主題とする論考の依頼を受け、waiwaiの設計行為における床の意味を試論として整理してみようと思う。
わたしたちは建築を、場所に潜在する複数のコンテクストを読み取り、その「可能性の中心」を、可読的なかたちへと定着させる行為として考えてきた。言い換えれば、建築とは一種の文字化であり、自然、記憶、地形、制度、資本、人のふるまいを、建築という文字へと変換する行為である。
その視点から見ると、床は単なる水平面ではなく、また読まれるべきコンテクストでもない。地面の代替物でも平面計画の下地でもなく、建築という文字を構成する一画である。それは、人間が自然や地形や現象に対してどのような姿勢を取るのかを、歩く、座る、留まる、身を出す、見下ろすといった身体のふるまいとして定着させる一本の線である。

床の起源を考えると、それは最初から部材ではなかった。洞窟の乾いた地面、岩陰の平坦面、草や灰を敷いた寝床、炉のまわりの生活面が、原初の床だった。地面が床になるのは、そこに人がただ立つからではなく、そこで眠り、火を囲み、作業し、集まるからである。床とは、自然地形の一部が、人間の行為によって選ばれ、整えられ、意味づけられた面。床の起源には、身体と自然の関係を調整するという根源的な役割がある。
waiwaiの床は、この原初性を引き継ぐ。けれど、それは人間の行為を安定させる面ではない。床の高さ、硬さ、浮き方、沈み方、縁の切れ方によって、身体の向き、視線、距離、緊張、親密さが変わる。床は、与えられた環境を受け止める面ではなく、その場所に対する身体的ふるまいを作り出す装置である。

この捉え方を、最近意識して考えるようになった Typogenesis、すなわち象形文字の解釈を通じた建築生成の考えとつなげてみたい。象形文字は対象をそのまま描く絵ではなく、世界の中から本質的な関係を抽出し、一本の線や輪郭へと圧縮した記号である。建築もまた、コンテクストを説明する図ではなく、コンテクストを読める形へ変換する文字である。床は、その文字を構成する一画である。
waiwaiの設計において床は必ずしも最初に描かれるわけではない。立面や壁(のようなもの)のスケッチが先に現れることの方が多い。けれどそれは、壁という部材を描くことではなく、建築が最終的にどのような文字として立ち現れるかをイメージする行為だ。床も壁も、身体のふるまいを定義する文字の一画である。床が、歩く、座る、留まる、身を出す、見下ろすといった関係を定めるなら、壁は、くぐる、隔てる、潜る、回り込む、切り替わるといった関係を定める。両者は、部材の分類ではなく、身体と世界の関係を異なる方向に発生させる筆画である。

わたしたちの設計したプロジェクトの中では、O projectのテラスは、この意味で象徴的だった。提案では、敷地を自然と人の聖なる交わりの場として捉え、建築は自然の中に「ただ一本の線を描く」ように構想した。ゲートは一枚の壁、テラスは一枚の床である。 その床は、崖に跳ね出す舞台であり、森の中に見え隠れする板であり、地層、海、風、記憶に対して人の身体を向き合わせる装置である。

waiwaiにおける床とは、地面の代替物ではなく、人間が自然・記憶・地形に対して取るべき姿勢を定着させる、建築の身体的な筆画であってほしい。建築は目で読まれるだけではない。歩かれ、座られ、潜られ、踏み出されることで読まれる。床はその読み方を、最も直接的に身体へと与える線である。

 ■建築家コラム 第53回ゲスト 「山雄 和真」 拡大写真 

 ■建築家コラム 第53回ゲスト 「山雄 和真」 拡大写真 



山雄さん、ありがとうございました。

建築は目で読まれるだけではなく、歩かれ、座られ、潜られ、踏みだされることで読まれるという文章が印象が残りました。これから建築を見る際には、いろいろな場所を歩いたり座って眺めたりしてその建築のコンテクストを感じてみたいと思いました。

これからもますますのご活躍をお祈りしております。どうもありがとうございました。
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