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令和7年10月の建築家コラムをお届けします。
暑さがようやく和らいで過ごしやすくなってきました。 さて、49回目のゲストは「十河 彰(そごう あきら)」さんです。 十河さんは、東京藝術大学大学院を修了後、フルブライト奨学生としてカリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院を修了され、新居千秋都市建築設計に勤務されました。2015年からはSOGO建築設計で活動されています。 今回、十河さんからどんな「床」にまつわるお話が聞けるのかとても楽しみです。 それでは十河さんのコラムをお楽しみください。 SOGO建築設計HP https://www.sogo-aud.com/ ![]() 株式会社SOGO建築設計 代表取締役 1981年 香川県生まれ。 2006年 東京藝術大学大学院修了 2009年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) 大学院修了(フルブライト奨学生) 2009〜15年 新居千秋都市建築設計 2015年〜 SOGO建築設計 2017年〜 東京都市大学 非常勤講師 2025年〜 東洋大学人間環境デザイン学科 講師 主な作品に「丘の上のグループホーム」「小諸蒸留所」「森に漂う」など。主な受賞に「医療福祉建築賞」「AACA賞奨励賞」「中部建築賞」「 グッドデザイン賞ベスト100」など。 建築における床の意味と意匠
思いがけずウイスキー蒸留所を設計する機会を得た。2019年のことである。大麦麦芽、酵母、水のみを原料とするモルトウイスキーの製造工程は、シンプルながら奥深く、なかでもポットスチルと呼ばれる銅の蒸留釜は魅力的であった。これら蒸留設備をどのように扱うか、我々はその配置や扱いに思索を巡らせていた。しばらくして施主に世界的に著名な蒸留家が加わった。その蒸留家いわくウイスキーの風味の60%は熟成で決まるという。よってまずは熟成庫の設計に注文があるとのこと。我々は見せ場と信じていた蒸留設備の検討を一旦脇に置き、熟成庫のあるべき姿に耳を傾けた。 熟成庫の床は土のままが理想だと言う。土壌に棲む微生物が息づき、地中から湿気が立ち上る状態を保ちながら、2.5トン/m2もの樽の重量を支える必要があるとのこと。しかし一般的な地盤改良材を用いたのでは土がアルカリ化してしまうため、微生物を守ることができない。行き詰まっていた折に有機性の土壌固化材というものを見つけた。施工例を見ると環境汚染に気を使う農地に隣接した事例ばかりである。製造元によれば、改良土からカビが発生することがあり、これによりクレームを受けることもあるという。スコットランドの歴史ある熟成庫がどこもカビに覆われていたことを思い出し、蒸留家と我々はむしろ歓迎した。
ただし建築には通常、床の下には基礎がある。計画した熟成庫は幅26m長さ40mの大空間。樽のレイアウトの自由度を確保すべく内部に柱は無い。一般的な工法では巨大な基礎が必要である。折角の土の床がコンクリートで地球と断絶されてしまっては意味がない。我々は如何に基礎を小さくするかに腐心することとなった。古今東西の事例を調べ抜き、導き出した工法は、19世紀の野戦病院にルーツを持つアーチの構造体である。厚さ0.8mmの金属板と梁成400mmの鋼材により構成されたスパン26mの空間は、高さ13mながら地上部の躯体重量は60kg/m2と極めて軽い。これにより基礎は最小化され、内部の床は周囲の森の土壌と接続されたままとなった。
こうして実現した土の床で設えた熟成庫は「ジムスワンハウス」と名付けられた。施主である蒸留家の師であり、ウイスキー界のアインシュタインとも称された蒸留家ジム・スワン博士への敬意を込めた命名である。博士の研究の結晶がこの熟成庫に息づいており「呼吸する土の床」もそのひとつである。熟成庫の中央、フォークリフトの通行頻度が高い場所には鉄板を敷いた。これだけが仕上げである。ここには洒落た段差も粋な仕掛けもない。しかし、これほど解説しがいのある床を他に設計したことはない。ジムスワンハウスには世界中から見学者が訪れる。あるとき、年季の入ったウイスキーファンを案内したところ、土の床を見て握手を求められた。意匠には乏しくとも深い意味を宿した床なのである。ここで育まれるウイスキーが世に出るのは2027年を予定している。
十河さん、ありがとうございました。
ウイスキーの熟成庫の理想である土の床を実現するために、有機性の土壌固化材を探しあて、大空間を実現しながらも軽量で基礎面積が小さくできるアーチ構造を採用するなど、まさに土の床のために生まれた建築ですね。 2027年に飲めるウイスキーの味が今から楽しみです。 これからもますますのご活躍をお祈りしております。どうもありがとうございました。 |
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