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建築家コラム 第2回ゲスト「稲垣 淳哉」様 2017年10月31日 一覧へ戻る
先月からスタートした「建築家コラム」ですが、11月第2回目のゲストはEureka共同主宰、建築家の「稲垣淳哉」さんです。

建築における床の意味や意匠について、稲垣さんはどのような考え方で普段お仕事をされているのか大変興味が沸きますね。

それでは稲垣さんのコラムをお楽しみください。




 ■建築家コラム 第2回ゲスト「稲垣 淳哉」様 拡大写真 

稲垣 淳哉(いながき じゅんや)
建築家・Eureka共同主宰
早稲田大学芸術学校准教授

1980 年 愛知県岡崎市にうまれる
2004 年 早稲田大学建築学科卒業
2006 年 早稲田大学大学院修士課程修了(建築学)
2007-09 年 早稲田大学建築学科助手(古谷誠章研究室)
2009 年- Eureka 共同主宰
2015 年- 法政大学デザイン工学部 兼任講師
2017 年- 早稲田大学芸術学校 准教授

主な作品/受賞
「Dragon Court Village」(The Architectural Review AR HOUSE Awards 2014 Highily Commended <英国>
・日本建築学会作品選集新人賞・日本建築家協会JIA東海住宅建築賞2014大賞 中部建築賞奨励賞、2017年度グッドデザイン賞)
「Around the Corner Grain」「Ono-Sake Warehouse」「A House in the house tree」「感泣亭」「N獣医の家」「Blanks」



僕たちEurekaは、人の暮らしや住まいについて考えるとき、室内だけでなく、時に外気に触れた半屋
外や、複数の人々に共有され、滞在や交流が促されるような「床」、その存在について関心を寄せ、設計に注力してきたように思います。
また、それらの多くには、過去僕たちがフィールドワークに訪れた東アジアや、東南アジアの居住空間、都市空間の風景が、カタチを変えて投影されていることもしばしばです。そこでは、発見された暮らしの知恵であったり、継承された住まい方などが、空間構成や、メカニズムとともに参照され、設計されてきました。 以下は、フィールドワークを述懐しつつ、実作へと「床」をテーマに結ぶものです。



 ■建築家コラム 第2回ゲスト「稲垣 淳哉」様 拡大写真 

*茫漠とした、草木の生えない粘土の床
<中国 河南省 下沈式ヤオトンの場合>
バーナード・ルドルフスキーの「建築家なしの建築」でも有名な、地面に正形の竪穴を掘るヤオトンは、中国の黄土高原一体に広がってきた伝統住居の一種です。ここで紹介する「床」は、ヤオトンの竪穴が掘り込まれた地上面、地下住居の屋上である大地を指します。ヤオトンというと、土の壁で四辺を囲われた竪穴と、そこから洞窟状に掘った、薄暗い横穴が想像しやすいと思います。ところが、われわれが2008年に訪れたフィールドワークでは、特に何もない地上部に注目していました。「一体この茫漠とした広がりをもった地上面に意味はあるのか?暮らす人はそこで何をしているのか?」
初めて出会った住人は牛を連れた男性で、集落を取り囲む麦畑に向かっていたと記憶しています。 その後、住居内などを見学させてもらい、再び晴れた地上に上がると、老婆がトウモロコシを、地面に広げたゴザに広げて天日干しし、その周りの草むしりをせっせとおこなっていました。そのせいか、気がつけばヤオトンの地上は、見渡す限り粘土質の土がむき出しです。樹木もまばら、雑草もほとんど生えていません。やがて、牛に石を引かせ、地上面を踏み固めさせる営みにも直面しました。執拗にクリーンな土の広がりが、住人個々の暮らしのそばでマネージメントされていたのです。
やがてこれらは、地上部での農作業風景であり、地中の住居であるヤオトンへ、草木を介した雨水が浸透することを防ぐ、日常のメンテナンスであるとわかったのです。独特な風土の中に育まれるこのユニークな住居ヤオトンが、農の営みと、住まいの維持の仕方とが結びついて在ることに、いたく感動しました。
その後、一週間ほどの滞在の間に僕たちは、地上で催された集落内の屋外結婚式など、ハレの風景にも出会うことができました。また、地下にある個々の住居の独立性、閉鎖性に対して、地上の余りある開放性が、見晴らしであったり、お互いの存在を常に伝えるものになってもいました。集落内での情報交換や、交流のインフラでもあったのです。その粘土質の床の広がりは、人の暮らしをおおらかに支え、一方で人の営みによって整えられている「床」、とも言えるのではないでしょうか。




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*水に沈む緩い大地と、木陰の冷えたモルタルの床
<タイ アユタヤ近郊 高床式水系集落の場合>
2012年夏、僕たちはアユタヤ近郊に、川沿いに広がる高床式住居の集落を訪れました。ときに、自然災害の絶対的な脅威とともにある大地に住まうことの宿命、その持続可能な居住空間の在り方を問う機運は高まっていました。タイは、都市部であってさえも、洪水被害が頻発します。雨季の河川増水にともなって、高床式住居の地上部は浸水(水没)することを受容せざるを得ません。そんな脆弱で、寛容な暮らしを追い求めてのフィールドワークでした。この集落では、水没してしまうことさえある、高床式住居のピロティに広がる平面を「床」として紹介します。
この集落を訪れた最初の驚きは、ピロティに広がる親密なコミュニティの風景でした。親族が隣り合う住棟に寄せ集まって住み、子供から大人までもが強い日射の遮られた濃い影に包まれ、川沿いの風が気持ちよく抜けていく場所で憩う風景があったのです。そこから、子供たちは川へボートを出し、幾人かは追いかけるようにして泳ぎました。とても賑やかな光景が眩しく、ピロティの木陰に身を置いた自分は、とても涼やかでした。
そして僕たちは、この風景とともにある伝統住居が、ダイナミックに更新されていることに驚きました。例えば、ピロティの柱は木からプレキャストコンクリートへと、現代素材へ置き換えられていました。住居を、一時的にジャッキアップして行う改修工事では、一種のトレンドとして、その地域にひろがっていたのです。これは、浸水被害にたいして、より安定した暮らしを得るための工夫です。その上で、ピロティ床の一部は、一部モルタルを流して、コンクリートの基壇ような場所になっていました。元は土であったスペースは、直射日光の当たらないゾーンがモルタルに置き換えられることで、日影で冷やされた床から、放射された冷気を感じる場所をつくっていたのです。この効果は副次的でしょうが、プリミティブな集落が、現代のバナキュラーを実践する好例ではないかと考えています。
この背景には、集落近郊のモータリゼーション、近代化が大きく存在します。元は川が移動や、交易の場としてあり続けた水系集落は、車でやってくる場所になり、近郊から資材を運ぶことが可能で、今は、観光地で勤め、通勤する人たちも多く暮らしていました。ピロティに駐車された自動車が、印象的な光景でした。プリミティブな集落のカタチが失われていくことに、どこか哀愁を感じてしまうのは他所者の勝手で、今を生きる暮らしと住居のカタチが、変容と継承を共存させていることのダイナミズムを理解するのに、それ程時間はかかりませんでした。


 ■建築家コラム 第2回ゲスト「稲垣 淳哉」様 拡大写真 

*車社会の集落、地上部に散在する、接ぎ合わされた床
<Dragon Court Village / Eurekaの場合>
Eurekaの、2011〜2013年に設計したDragon Court Villageは、2017年現在、竣工からまもなく四年を迎えます。この郊外の住宅地に位置する、9戸の賃貸集合住宅を特徴づけるのは、街に開かれ、リング状の駐車場と一体となった、屋外空間だといえます。中庭や、玄関前や住戸間をむすぶ軒下は、不連続な一体空間をかたちづくっています。木(レッドシダー)や、モルタルの、異なるレベル差をもった床が、接ぎ合わせるように、屋外空間に設えられているのです。竣工当時は一体これらの半屋外、その床が、何に使用されるのか、多くの人に質問を投げかけられました。おまけに、軒下にはシーリングファンや、送風機が、大そうに付いています。
実は、この屋外空間には、河南省福州市で訪れた、正座式住居の「正座(正庁)」や、タイの高床式住居のピロティ、クアラルンプールの屋台街、たくさんのフィールドワークでの発見が詰め込まれているのです。人が集まって暮らす上で、緩衝してくれるような余白であったり、床の温もりや冷気をレイアウトした床であったり、小さなスペースに分節され、住民に主体性を委ねる設えであったり。
しかし、現在入居3年を超える八百屋さんが、お店を営まれている、アネックスという小さなスペースがきっかけとなって、この不連続な半屋外は今では一目瞭然のスペースになりました。八百屋さんと同じく、アネックスをアトリエとして使用する設計士さんが一緒になり、2014年末、友人のお花屋さんや、カフェ、金魚屋さん、漬物屋さんなどを呼んで実験的に、中庭でのマルシェ「スミビラキ」をはじめました。それは瞬く間に人を呼び寄せ、今では敷地内全体をつかって、月一で定期開催される、街のパブリックスペースになったのです。分節された屋外の床は、見事小さな店舗毎のブースになりました。街中の公園でも、広場でもない、9軒長屋の中庭と駐車場に、八百屋を中心に、雑貨屋やヘアサロン、魚屋や、色んなお店が集まり、子供から大人までもが時間を過ごします。



三つのエピソードを通して、僕たちEurekaが、設計の前後で出会った「床」について振り返ってみました。これからも、魅力的な建築、床の発見をつづけていきたいと考えています。


稲垣さん、大変奥の深いコラム、ありがとうございました。

稲垣さんの動画がYou Tubeでご覧いただけます。
ご興味にある方はこちらもお楽しみください。

https://youtu.be/ytYs7LkHm10

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